いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

カバンの中身はパラダイス

今週のお題「カバンの中身」

毎日持ち歩いているカバンの中は、ドラえもんのポケットのように色んなものが入っている。時々、鍵をおさめる小さなポケットから鍵が底に落ちるとき、ガサゴソとカバンの中身を引っ掻き回して、ドキッとすることがある。

 

最近、ドキッとしたものは、同僚からもらったまま食べ忘れていた『乳団子』1個だ。カバンの中に、有り得ない想定外の柔らかさが指先に触れたときは、心底怖かった。得体の知れないものを触るときの恐怖心を久々に味わった。

 

常に入っているものは、鍵・iPhone・財布・カードケース・タオルハンカチ・筆記用具・エコバッグ・読みかけの文庫本だ。今日の読みかけは、『羊と鋼の森』宮下奈都氏著で、まだ読み始めて数ページだ。

 

いつ無味乾燥な空白の時間ができるかわからないので、そんな時のために常に読みかけは持ち歩いている。いつでも気持ちがハッピーになれるように! あまり成果がないのはせつないが。

なんだぁみんなそう思っていたのね「me too」

学生時代から社会人になって、愕然としたのは男女の不平等加減で、それまで男女平等というより女子の方が優秀だったりすることは自然なことだったのに、社会にでると謂れもなく何故だか給料が男性より少なかった。

 

何故なのか?と他人に聞くのはどういうわけか躊躇って、「そうか、わたしは劣っていたのか」と空々しい気持ちになったことは数知れない。

 

セクハラなんて言葉は若い頃にはなくて、老若問わず男性が若い女性に向ける眼差しは、「蔑視」と「好奇」がほとんどだった。ああ、世のお父様方よ。お家で大切に育てられたご自分のお嬢様を同年輩の方々がクイモノにすることに我慢できますか。

 

誰からあなたは生まれたのですか? 試験管ベイビーですか? それとも女性の体内からですか? 地獄に落ちますよ。そう、今はまだわからないかも知れません。けれど、ご自分の罪をご自分で認識したときは、地獄に落ちますよ。誰も救い手はいませんよ。

嘘つき

私は昔から嘘つきだった。1日に1つは必ず、どうしようもない嘘をついていた。たとえば見ていないテレビ番組をクラスメートの話題に調子を合わせて「面白かった」と言ったり、「学校は楽しかった?」と家で聞かれると「楽しかったよ」と答えたりしていた。

 

でも、つまらない嘘をつくと必ず、つまらないところで辻褄があわなくなる。だから嘘をついたことを調整しながら、辻褄を無理やり合わせながら暮らすのが習慣だった。夜になると、へとへとになるくらい、そんなことで疲れていた。

 

近年は嘘をついていない。嘘をつく必要がなかったからだ。自分は自分、他人は他人。誰になんと思われようが私の知ったことではない。そう思えるのも、アイデンティティをなんとか獲得できた証拠だろう。

 

だけど、明日からしばらく私は嘘つきになる。嘘というのは、小さな嘘も大きな嘘も結局は自分を守るためにつく。自分の思い描く「他人の瞳にうつる自分」を操作するために、嘘をつくのだ。たとえ、それが見当はずれの嘘だとしても。