いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

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湊かなえさんの『豆の上で眠る』を読んで

本の題名の『豆の上で眠る』は、2年間行方不明になっていた姉の「万佑子ちゃん」が「私」によく読んでくれた物語〔えんどうまめの上でねたおひめさま〕に因んでいます。

 

「私」が大学2年生の夏に、姉の「万佑子ちゃん」がいる故郷に戻った僅か1日の出来事を、3つの回想を織り交ぜながら現在進行形で書いた小説です。

 

その3つの回想とは、大好きな「万佑子ちゃん」を行方不明にさせた原因は「私」ではないかという後悔、「万佑子ちゃん」が見つかって家に戻ってきたときの「私」の異和感、ニセモノの「万佑子ちゃん」を暴こうと孤軍奮闘する幼い頃の「私」です。

 

読み進めていくうちに、現在の出来事と過去の出来事が混在していき、現在大学2年生の「私」が「万佑子ちゃん」の現在をどう受け止めているのか最終章までわからなかったので、第一章で「右目の横の」傷跡がある「姉の連れの女性」が宙に浮いて気持ちの悪いまま読み進みました。

 

全体を通して、甘えん坊で嫉妬深く執着心の強い「私」が小説を展開しているので、事件の解明や「私」の「万佑子ちゃん」に対する異和感も、あやふやなよくわからないところで決着するのだと予想していましたが、2つのどんでん返しがあり、楽しめました。

 

〔えんどうまめの上でねたおひめさま〕では、少女が「本当のお姫さま」なら、羽根布団を何枚も敷いても、その下にえんどう豆が一粒でもあれば異和感を覚えるはずだと、お妃さまは少女を試しました。

 

『豆の上で眠る』では、「私」はおひめさまにはなれず、かつての「万佑子ちゃん」がやっぱり、おひめさまだったという小説です。個人的には、私も「私」より、かつての「万佑子ちゃん」が好きです。

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