いつかきっとがもう間近

現のこと、夢のこと、

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『敵』はいつも傍にいる

本当のところ、結婚は逃げだった。一人ぼっちは、みじめだ。いつもひとり。つまんない。誰もいない。つまんない。そんな時代に終止符を打つために、結婚した。

 

結婚した相手は、とても優しい人だった。とても優しい、それはとてもとても。私が何を言おうが思おうが、すべて叶った。すべて私の思い通り。

 

きれいだ、かわいい、素敵だといつも何をしても褒めてくれた。そう、これは不思議なことだが、事実だ。でも、それを鵜呑みにしてはいけない。結婚した相手は、いつもいかなる時も、私を見てはいなかった。いつもいつも、テレビを見ながら私に話した。

 

テレビがずっとついていた。視線はいつもテレビにあった。そして、料理には必ず、ドボドボと醤油をかけて食べるのだ。「え? 嘘でしょ?」と何度言ったことか。

 

正直に言おう。結婚した相手と私は、『性格の不一致』でいつでも離婚できる状態だった。なのに、離婚しなかったわけは、結婚したこと自体が『逃げ』だったから。

 

それは、私の事情だけではなく、結婚した相手の事情もあったのだ。そういう意味では似た者同士、同類相憐れむのも悪くはない。だが、共感することは未だに一つもない。いつも、敵だ。同士というより、敵というしかない。

 

その敵も歳を重ねて、病気になった。「だから言ったじゃないの」と言いたいが、生活習慣病に同情の余地はない。自明の理というものだ。本当につまらない、なさけない話だ。ただ、まだ生きている限り、変化があるかもしれない。

 

変化というか譲歩というか、何十年と結婚生活を送っていたのに、何一つ思い出したいことがないという事実は、やはり認めたくはないのだ。何か、あればいいのだが。何か、二人で笑い合える思い出があればいいのだが。

 

きっと、その思い出はこれから作るのだろう。これから、ようやく、敵もヒトになるのかもしれない。そして私もヒトになるのだろう。

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