いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

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アフタヌーンティ

今週のお題「好きなおやつ」

好きなおやつは何ですか? という優しい問いかけに、心が動いて書いています。

 

好きなおやつは何ですか? と問いかけてくれた人は、私にはあまりいませんでした。どうでもいい世間話はいくらでも出来ても、他人の好きなおやつに興味が持てる人は、ほぼいません。

 

製菓会社の営業用アンケートでなければ、アバタモエクボ的に恋をしている人たちの迷い言葉か、それとも仲良くなりたい同僚との無駄話の一つか、でしょうか。

 

とにかく、好きなおやつは何ですか? という優しい問いかけに気づいた時、とても温かな気持ちになりました。なんだったかな、私の好きなおやつは……と、無意識に考えていました。

 

秋は美味しいおやつが多いですね。マロングラッセが好きです。スイートポテトが好きです。クッキーよりも、米菓が好きです。チョコレートも好きです。果物が沢山のっているケーキも大好きです。イチジクも好きです。柿も好きです。

 

でも本当は、好きなおやつは何ですか? と訊ねるくらいに、関心のある人と一緒に過ごせる時間があれば、おやつは何でもいいのです。一緒にいる時に食べたおやつが、好きなおやつになるのです。

 

そして、できたらあなたとアフタヌーンティを頂きたい、と思います。

馬鹿の一つ覚えのように。

今週のお題「ごはんのお供」

私はそもそも白ご飯があまり好きではありません。遠い昔、偏食な上に少食だった頃、食べることを強いられるのが涙が出るほど苦痛でした。

 

偏食でも少食でも、それで死ぬわけではないのですから、気にしないでいてほしかったのですが、家族や学校の先生を含めた大人達は、食べられないことを私の「ワガママ」だと認識していました。

 

それを肯定や否定をする拠り所が何もなく、ただ、言われるがまま頑張って座っていました。食事時間だけがズルズルと伸びて、最後には泣いて許してもらっていました。

 

そんな毎日を過ごしていると、睡眠中でも、お米に襲われる夢をみてしまうのです。大きな蟻地獄のすり鉢状の巣穴をご存知ですか。それが真っ白なサラサラとした米粉で作られていました。その中に私は飲み込まれるように滑り落ちていくのです。

 

何度もその夢をみては悲鳴をあげて、目が覚めることを繰り返していました。

 

「お米は噛めば噛むほど甘い」とか「おいしいお米さえあれば……」とか、何度も耳にしましたが、未だにお米はあまり好きではありません。けれども、ごはんのお供に佃煮があれば普通にいただけます。

 

佃煮といっても数え切れないくらい種類があります。調べてみると118種類くらいあるらしいです。その全部を食べたことはないとは思いますが、ほとんどの種類は知っています。その中で、『子持ち昆布の佃煮』は私の中で別格で、馬鹿の一つ覚えのようにこれだけを買っています。

 

子持ち昆布の佃煮』の何がいいのかといえば、千切りの昆布とプチプチした魚卵(シシャモの卵など)が絡み合って、お米の白さと粘りを隠してくれるところです。もちろん、味もシンプルでわかりやすいところがいいと思います。

 

おまけに、価格が安くても高くても『子持ち昆布の佃煮』は遜色なく、美味しいのです。もちろん、ここだけの話なんですが。

生きる、ってこと。

最近、仕事が休みの日は病院通いをしています。自分のではなく、老親や老犬の付き添いです。

 

長寿の家系です。祖父母も90歳代まで生きていました。昭和で90歳代なのですから、令和ではいかほどか……。老親はボケもせずに、丁寧に毎日を過ごしています。そうなのですが、このほど少し病気になりました。

 

お医者さんは、3通りの選択肢を示してくれました。1、忽ち困っている症状を改善する。2、治療をする。3、何もしない。

 

若い人ならば、2番目の治療をするが即、選択されて手術することになるのでしょうが、90歳代では手術するという大きなリスクは初めから除外されていて、治療は薬と注射だけという話でした。

 

それでも、私からすると治療をすれば必ず副作用に苦しむことになり、その為に今までのクオリティーの高い生活は出来なくなるのではないかと、心配でした。病気の進行は遅いらしいので、1番目の忽ち困っている症状を改善する方向でいってほしいなと、勝手にそう思っていました。

 

3番目の何もしない、というのは論外です。なぜなら、問題がみつかったのですから、それに対処するのは当たり前の話です。問題を解決できる方法を提示されているのに、何もしないことを選択することは、生きることにたいする怠慢に近いと思っていました。

 

老親はその三択の中から、迷わずに即、2番目の『治療』を選びました。

 

ヨカッタ、クスリデナオルノダカラ、ガンバッテナオソウデハナイカと、父が言えば、ダイジョウブヨ、タイシタコトデハナイワ、キットスグニ、ナオルワヨと母が言います。

 

イイセンセイデヨカッタネ、アノセンセイニ、ミテモラエテ、ヨカッタネと、母は言いながら、父にコンナコトグライデ、ショゲテイテハ、ダメヨ、ナガイキシナキャと戒めます。

 

積極的に生きる、ってことは、こういうことなんでしょうね。この粘り強い精神力を病院に付き添うことで、少しだけお手伝いできればと思います。

 

私が付き添う最大の理由は、老親ともども、耳が遠いので『都合耳』というのか、正しい情報を聞き分ける能力が衰えているからです。老親は粘り強い精神力を持っているとともに、とてもヒガミっぽいのです。

 

ロウジンダカラ、タイシタチリョウモセズニ、ハヤク、シネトデモ、イワレルノカ?と長い長い待ち時間の中、ずっと考えていたようです。

 

違うわよ、そうではなくてね、手術の方がリスクが大きくてね、薬や注射で治療する方が安全だからなのよ、と何度も何度も、「ワカッタ」と言うまで、話しました。

 

そんな私が2番目を選択していなかったのは、自分自身が生きるってことに向き合えてないからなんだと、思いました。生きる、ってことは、死ぬまでに解きたい課題になりそうです。

 

 

何色

今週のお題「暑すぎる」

 

奇をてらって呟いたわけではないのですが、この夏は「溶ける」と口に出してしまうことが多いです。

 

実際問題、夏の暑さで人間が溶けるはずはないのです。けれど、ほんの5分でも灼熱炎天下に身をさらすと、肌の水分は損なわれ、体内の脂肪がぐにゃりと柔らかくなるのを感じます。

 

まさに「溶ける」イメージにピッタリです。もし、人間が自分の好きな色に溶けるとしたら、何色に溶けてみようかと、暑さのあまり有り得ない想像を始めます。

 

私なら、薄い青紫に溶けてみたいと思います。そして、もし、我が子が溶けてしまったときは、きっと薄い若草色を探すでしょう。

 

あなたは何色に溶けてしまうのでしょうか。私の想像では、薄い水色なんですが。きっと、色が薄すぎて、私には見つけられないでしょうけれど。

 

 

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