いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

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じゃがいもの収穫

春先から楽しみにしていた袋栽培のじゃがいもを収穫しました。

 

薄々と気が付いてはいました。もしかすると、失敗しているかもと。

 

芽が出てきたら「芽かき」をして養分を集中させることとか、種芋の上にじゃがいもができてくるので土を被せることとか、水に浸かると腐るので梅雨前に収穫した方がいいこととか、そんなことはわかっているつもりでした。

 

雨にさえあたらない軒下に置きました。何よりも致命的だったのは、屋外にして陽のあたることのない日陰に置いていたことでした。

 

写真は便利ですね。大きく見えます。実物は、大きいもので親指と中指で輪を作ったくらいの大きさですし、小さいものは親指くらいです。

 

これは、はたして食べることができるのでしょうか。どこかの学校で収穫したじゃがいもを食べて、子ども達が食中毒にかかったというニュースがありましたよね。そのじゃがいもは青く小さかったそうです。

 

とりあえず、一番大きめのものを食べてみることにします。もし、食べて大丈夫だったら、これに懲りずにまた、作ってみようと思います。

 

www.5kakitto.com

 

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頂きを目指して

最近、寸暇を惜しんでゲームをしています。仕事の合間、趣味の合間、家事の合間と、途轍もないエネルギーをゲームにそそぎこんでいます。

 

これは、まぎれもない現実逃避の兆候で、ストレスがたまるとゲームに没頭したくなるのです。たまたま、それが薬物でもアルコールでもなく、私はゲームだという話です。

 

とはいえ、大した腕前ではありません。少し、没頭すれば、集中力がなくなり、凡ミスを繰り返してしまいます。それで諦めればいいのですが、そこが中毒症状の所以たるもので、何度も何度も繰り返さずにはいられません。

 

ゲームで凡ミスを1度してしまったら、立て直せません。ミスした箇所にこだわってしまい、こうすれば良かった、いや、ああすれば良かったと思考してしまい、ゲームの流れについていけなくなります。

 

その繰り返しでも、遅々としていますが、着実に亀の動きでレベルは上がっていくのです。そして、束の間の歓喜とともに、現実に戻ります。

 

今日も一日、頑張りましょう。

 

 

 

ある女の子の話

私は人と接触するのが苦手です。だから、若い頃でも、デパートの化粧品売り場で、メイクを教えてもらうことさえ避けていました。

 

他人と触れ合うのが苦手なので、昔からフォークダンスが憂鬱でした。気持ちがどんよりして、どうしよう、どうしよう、と戸惑っている愚鈍な子どもでした。

 

けれど、大人になって何十年も経過すると、そんなこともあまり気にしなくなるものです。

 

今日、美容院にいきました。ここ最近、同じ美容院に通っています。担当スタイリストは30代の女性で、とても気さくで、明朗に話しかけてくださるので、安心してお任せできます。

 

その美容院に、新人の女の子がいて、シャンプーをしてくれました。

 

その女の子は、二十歳そこそこで専門学校を卒業して間もない様子でした。まったく浮ついた感じはなく、静かに丁寧に、眼だけで笑えるおとなしい女の子でした。

 

シャンプーが終わると、鏡の前に導いて軽くマッサージをしてくれました。女の子の長い髪が左右に分かれて、三つ編みにされているのを鏡越しに見て、今は「令和」なのに「昭和」の匂いのする子だなと思いました。

 

着ている服装もスタイリッシュとは思えないけれど、どこか堅実で、清潔感に関しては、他の人よりも際立っているように思いました。

 

その女の子の細い指の感触は、私の頭から首筋、そして肩から背中にかけて正しく的確に快感にいざなっていきました。

 

目を開けると、女の子は穏やかな笑顔のまま、マッサージを終えるために、両手が私の肩をなで下ろそうとしていました。

 

そのとき、私はようやく気がつきました。その細い指先には、沢山の絆創膏が貼ってあり、手首から先は薬品やけでも起こしているのか、痛々しいほど赤くなって荒れていました。

 

自らの痛みさえ厭わずに、美容師になりたいという強い意志をもつ女の子がいることに、新鮮な驚きを抱きました。すごいなぁと感心しました。

 

きっと、あの女の子は美容師としても人間としても素晴らしい人生を歩むのでしょう。私は自分の小さな殻の中から、他人との接触を拒むことしかしなかった過去を思い返して、ため息をつくしかありません。

 

志のある人は、語らずともわかるものですね……。

 

お葬式

とても優しそうなおじさんでした。優しいおじさん、ではなく、優しそうなおじさんだと思う理由は、ほとんど話をしたことがなかったからです。

 

けれど、笑顔とおしゃべりが絶えないおばさんの隣りで、いつも、微笑んでいましたね。

 

とても細く、痩せこけた風貌のおじさんは、どこか頼りなさそうで儚げでした。でも、いつも穏やかに微笑んでいましたね。

 

急に容態が悪くなって入院された翌日、あっけなくお亡くなりになりました。苦しむ時間が短くてよかった、と心にもないことを息子さんは言われていました。

 

さびしくなりましたね。とても、さびしくなりましたね。だんだん、いなくなりますね。知っている人が少なくなりますね。

 

ご冥福をお祈りします。どうぞ、安らかにお眠りください。また、いつか、再会できたらと思います。

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