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おじいちゃんの思い出

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今週のお題「私のおじいちゃん、おばあちゃん」

 

「おじいちゃん」という響きは、懐かしい。この歳になると、「おじいちゃん」はもうこの世にはいないのだが、私のおじいちゃんは独特な人だった。

 

大工の棟梁をしていたと聞いたことがあるが、私が物心ついたときには引退していた。50歳前から麻雀したり、花札したりして暮らしていた。転勤族の父に連れられて、年に何度かおじいちゃんの家に行くたびに、犬を飼っていたり、九官鳥が玄関を陣取っていたりした。釣り好きが高じて、船を買ったこともあった。

 

そのおじいちゃんの家から、当時、車で4時間かかる私たちが住むアパートに、月に1度、必ず、おじいちゃんは電車を乗り継ぎ、顔を出した。幼い頃の私は何もわからなかったが、後から母に聞けば、父の給料日になると、決まっておじいちゃんは、お金を受け取りに来ていたそうだ。

 

ある日、おじいちゃんと二人、私は暇を持て余していた。父は仕事で、母も忙しいらしく、姉はどこかに遊びに行っていた。私は何もすることがなく、母の鏡台に向かって、変な顔を作っていた。頬をふくらませたり、ニッと笑ってみたり、白目をむいてみたり、あかんベーをしてみたり、一人で楽しく遊んでいた。

 

おじいちゃんは、その側でニコニコと笑っていたが、そのうちポツリと呟いた。「女の子になってきたんだなぁ」と。

 

その時は、おじいちゃんは何を言っているんだろう?と思った。何が言いたいのか、わからなかった。ただ、その時から、なんとなくおじいちゃんが疎ましくなった。いつも飄々としていたおじいちゃんに、「もう来ないで」と言ってしまったのは、それから何年も経ってからだったが。

 

「もう来ないで」と言い放ったとき、おじいちゃんは怒りもせずに、フフと少し笑った。それから、おじいちゃんは来なくなった。あのフフと笑った横顔が、寂しそうで、恥ずかしそうで、私も寂しく恥ずかしくなった。私がおじいちゃんに教えてもらったことは、羞恥心なのかも知れない。

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