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ヒイラギが生垣だった頃

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無料の写真: ヒイラギ, ヘッジ, フェンス, 植物, 牧草地, 緑 - Pixabayの無料画像 - 15211

昔、住んでいた家の周りは柊の生垣があった。トゲトゲしたその葉っぱは、外部者を阻む為のものだ。下を向いて歩く癖のある私は、いつも左頬に引っ掻き傷を作った。

 

陽の当たらない場所にでも育つヒイラギの木は、クリスマスリースのヒイラギの葉っぱの鮮やかなツヤのある緑色ではなく、暗い陰湿なツヤのない深緑だった。「嫌いな木は何ですか?」と聞かれたら、「ヒイラギ」と即答していたはずだ。

 

物心つく前から、何故か名前が似ているせいか、「ヒイラギ」と呼ばれていた。それはきっと、愛称というかニックネームのようなものだと思うのだが、「ヒイラギ」と呼ばれるたびに、その人を睨みつけた。その人は父親だった。

 

父親にとっては言葉遊びだったのかもしれない。だけど、よりにもよって「ヒイラギ」はありえない。あれほど嫌っていた暗い陰湿なヒイラギの木を愛称にするなんて、考えられない。けれど、それを説明する秩序だった頭脳は持ち合わせておらず、ただ返事をせずに睨んでいた。

 

睨んでも不機嫌でも、父親にとっては大した問題ではなかったらしく、転勤でコンクリートのアパートに引っ越すまでの長い期間、「ヒイラギ」が私の代名詞だった。

 

そのヒイラギの木は、最近、あまり生垣には流行らないらしい。手入れがいるし、生垣を作れるほど広い敷地をお持ちの人が少ないし、隣接した土地の所有者とのトラブルの種になるらしい。

 

ちなみに「ヒイラギ」の白い小花の花言葉は、「用心深さ」「剛直」「保護」「先見の明」「歓迎」などがある。もしかすると生垣のヒイラギを父親は私とは違う目で見ていたのかもしれないと気づいたのは、人をむやみに睨んではいけないと分別がついた年頃のことだ。

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