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「いちご」と言えば!その1

お題「いちご」

「いちご」と言えば苺のことだと思考する私がいる。食べる苺ではない。図柄の苺だ。昭和の半ば頃だろうか、苺柄がとても流行していたせいか、ドットのような苺の実が無数にプリントされた白地の生地のワンピースを着ていた強烈な記憶がある。

 

その苺のワンピースの生地の厚さは、夏に着るには厚く、冬に着るには薄い綿素材だった。綿の糸の織り方が特殊だったのだろうか。サラッとした感触ではなく、ゴワッとした手触りだった。

 

母はどこからかその生地を手に入れて、お隣りの洋裁がとても上手なご婦人に、我が子達のピアノの発表会のワンピースを作って欲しいと頼んだようだ。

 

母は意気揚々と、「さあ、着なさい」と我が子達を急かしながら、服を着替えさせた。季節は夏、小学生だった私と姉は真っ黒に日焼けしていた。そのうえ二人とも成長期で、いくら丸太ん棒のような体でも、1ヶ月もすればサイズワンランク上がっていた。

 

姉も私も幸いにも体型が「かりんとう」のようだったので、ワンピースは入らないことはなかった。けれどもちろんユトリはなく、厚めの苺の生地が汗をかいた肢体にピッタリとくっついていた。そして、パンツが見えそうな位に、丈が短かった。

 

当時は、家にエアコンは存在しない。扇風機もあったのかなかったのか、記憶にない。とにかく、暑苦しくて、窮屈で、泣きべそをかきそうになるのを必死に我慢していた。「よく似合うじゃない」と母だけは意固地に喜んでいた。

 

今になるとわかるのだ。その何年か前にイギリスのモデル、ツイッギーが来日したのだ。ミニスカートを爆発的に流行らせたスターの登場。私が住んでいた「地方」にも、さざ波のようにミニスカートが流行って来た頃だったのだ。

 

洋裁をする人や編み物をする人達は、流行に敏感だ。お隣りの洋裁がとても上手なご婦人の目にも、母の目にも、姉と私のちんちくりんの窮屈なノースリーブのワンピースは、憧れのツイッギースタイルだったのだろう。

 

悲しいかな、今でも古いアルバムのどれかに、ピアノの発表会で姉妹そろって丈の短い白地の苺柄のワンピースを着た写真が残っている。真っ黒に日焼けした顔に、真っ白なワンピース。この対比が幼なごころにも、ものすごく恥ずかしかった。

 

だから、「いちご」と言えば複雑な気持ちで懐かしさを覚えてしまうのだ。もし、夏休みに海で遊び呆けることなくピアノの練習をしていれば、もっと上手く発表会で弾けていたのかも知れないし、苺柄のワンピースも似合う色白の肌のままでいることができたかも知れないし、何よりも母やお隣りのご婦人をがっかりさせることもなかっただろうにと。

 

 

 

 

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