いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

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人間ドック

年に一度、人間ドックを受けています。それが毎年のごとく苦痛で、数日前になると気が重たくなって、その日を迎えたくないがために、溜息がたくさん出るのです。

 

これはきっと、人間ドックシンドロームに違いないと、かねがね思っている次第です。誰かどこかの賢い人が、それも一つの精神疾病だとして取り上げてくれないものかと、首を長くして待っている次第です。

 

人間ドックの何が嫌なのか、自問自答は数知れずしているのですが、まず第一に「待たされるのが苦痛」です。

 

人間ドックの当日、一人で通い慣れない病院の受付に行きます。名前を書き込んで、5分、10分と待たされているうちに、「もしかすると、忘れられているのかも知れない」と不安になります。

 

もちろん、病院の秩序に則って、いずれは順番に名前を呼ばれます。それからようやく受付を済ませて、15項目位の検査が始まります。

 

けれど、その検査と検査の間の長さといったら、「本当に、ココに座っていて、いいのですか?」と聞きたくなるような長さなのです。

 

もちろん毎年のことですから、その対策として、メガネ1つと文庫本の入っている小さな袋を持っていきます。ですが、本に夢中になると、呼ばれる名前を聞き逃すのではないかと、これまた不安になり、結局ほとんど本を開けずじまいです。

 

第二に何が嫌かといいますと、バリウムを飲む胃透視の検査です。あの白くネットリとした無臭の液体は、体の中に非人道的なもの、たとえばセメントとかを流し込まされる感覚で、生命の危機を感じることに抗って、必死に飲まなければなりません。

 

その上、あっちに向いてくれ、こっちに向いてくれ、ぐるぐる回ってくれと、技師さんがご指示を出されます。もちろん、丁寧におっしゃってくださいます。

 

運動嫌いの私にすれば、それが一年で1度っきりの運動かも知れません。俎板の上で、自らぐるぐると回転したり、ピタリと不自然な体形で止まったり、頭に血が上るくらい逆さになったり、肩当てで肩に跡が残るくらい斜めになったり……。

 

嫌なところは第三、第四と続きますが、今年も無事に終わりました。検査してくださった方々には、感謝です。皆様、素晴らしく腰の低い、素晴らしく親切で丁寧な方々ばかりでした。

 

でも、もう少し、どうにかならないものでしょうか。既に、来年の人間ドックの日が来ないことを願っている次第です。

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