いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

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不都合な日常生活

何らかの本を読みかけていないと、すぐに物思いにふけってしまう怠惰な性格なので、生活のリズムを作るためにも常に読みかけの本を用意しています。

 

だから図書館はとても助かります。その本が面白かろうとなかろうと、頓着せずに借りて読むことができます。もし面白くなかったなら、途中で本を閉じればいいだけですから。

 

1年ちょっと前に予約していた本が、ようやく私の番になりました。窪 美澄氏の『じっと手を見る』という本でした。同じ事象やそれに関する心の動きを登場人物ごとの視点で描かれていました。章ごとに時の流れが前後しながら進んでいき、わかりにくい感情をわかりにくいまま、整然と終わらせたという読後感はとても気持ちのいいものでした。

 

その本を返却して次に何か借りて帰ろうと思いながら、図書館に出向きました。すると、なんと悲しいことに図書館の受付は開いていましたが、本棚はすべて封鎖されていました。

 

新型コロナウィルス、恐るべし。

 

予約本の貸出と返却のみ、受け付けているそうです。鬱蒼と立ち並んだ本棚の前を歩き回りながら、時には立ち止まり人差し指で本を傾け取り出す仕草をすることも出来ません。右手に背表紙を持ち、後ろから頁を捲って発行年月日を見る小さな楽しみもみつけられません。

 

ということで、仕方がないので本屋に行きました。本屋も好きなのです。ただ、本を気ままに選ぶには、価格が高すぎるのです。図書館で借りるように本屋で購入すれば、常に一万円以上の出費です。そして、あたりはずれが大きすぎるのです。

 

その本が自分の性分と能力に見合っていて、なお、読む前よりも読んだあとに少しでも自分に変化を与えてくれるものが、あたりです。今、読みかけの本が3冊、転がっています。読むのに苦心しています。これは、はずれです。

 

それでも本屋で購入したからには、払ったお金に見合うだけの何かを欲してしまいます。貧乏性なのでしょう。もう少し読み進めたら、その本のツボにハマるかもしれない、と変な努力をしてしまいます。あと1週間はツボねらいで頑張る予定です。

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