いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

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生きる、ってこと。

最近、仕事が休みの日は病院通いをしています。自分のではなく、老親や老犬の付き添いです。

 

長寿の家系です。祖父母も90歳代まで生きていました。昭和で90歳代なのですから、令和ではいかほどか……。老親はボケもせずに、丁寧に毎日を過ごしています。そうなのですが、このほど少し病気になりました。

 

お医者さんは、3通りの選択肢を示してくれました。1、忽ち困っている症状を改善する。2、治療をする。3、何もしない。

 

若い人ならば、2番目の治療をするが即、選択されて手術することになるのでしょうが、90歳代では手術するという大きなリスクは初めから除外されていて、治療は薬と注射だけという話でした。

 

それでも、私からすると治療をすれば必ず副作用に苦しむことになり、その為に今までのクオリティーの高い生活は出来なくなるのではないかと、心配でした。病気の進行は遅いらしいので、1番目の忽ち困っている症状を改善する方向でいってほしいなと、勝手にそう思っていました。

 

3番目の何もしない、というのは論外です。なぜなら、問題がみつかったのですから、それに対処するのは当たり前の話です。問題を解決できる方法を提示されているのに、何もしないことを選択することは、生きることにたいする怠慢に近いと思っていました。

 

老親はその三択の中から、迷わずに即、2番目の『治療』を選びました。

 

ヨカッタ、クスリデナオルノダカラ、ガンバッテナオソウデハナイカと、父が言えば、ダイジョウブヨ、タイシタコトデハナイワ、キットスグニ、ナオルワヨと母が言います。

 

イイセンセイデヨカッタネ、アノセンセイニ、ミテモラエテ、ヨカッタネと、母は言いながら、父にコンナコトグライデ、ショゲテイテハ、ダメヨ、ナガイキシナキャと戒めます。

 

積極的に生きる、ってことは、こういうことなんでしょうね。この粘り強い精神力を病院に付き添うことで、少しだけお手伝いできればと思います。

 

私が付き添う最大の理由は、老親ともども、耳が遠いので『都合耳』というのか、正しい情報を聞き分ける能力が衰えているからです。老親は粘り強い精神力を持っているとともに、とてもヒガミっぽいのです。

 

ロウジンダカラ、タイシタチリョウモセズニ、ハヤク、シネトデモ、イワレルノカ?と長い長い待ち時間の中、ずっと考えていたようです。

 

違うわよ、そうではなくてね、手術の方がリスクが大きくてね、薬や注射で治療する方が安全だからなのよ、と何度も何度も、「ワカッタ」と言うまで、話しました。

 

そんな私が2番目を選択していなかったのは、自分自身が生きるってことに向き合えてないからなんだと、思いました。生きる、ってことは、死ぬまでに解きたい課題になりそうです。

 

 

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