いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

飼い犬の死、それが思い出になるとは

飼い犬が逝きました。とても可愛い子でした。けれど可愛いだけではなく、年を経るにつれて世話をするのが大変な面倒をかける子でした。

 

悲しげに苦しげに遠吠えのような鳴き声を数度していました。それを聞いたときは、もう長くはないのかもしれない、と感じました。抱きかかえてずっと撫でていました。

 

手のひらから伝わる飼い犬の鼓動が、いつまでも続いて欲しいと思いながら撫でていました。もう元気になることはないのだろうな、と思いながら何時間も同じ場所に座っていました。

 

そして、その時がやってきました。最期の、本当に最期の、命を絞りきったような鳴き声の後、鼓動は消えていました。『絶命』という文字が空虚な頭の中に浮かびました。

 

それからの時間経過は多忙でした。子どもにメールで知らせて、ダンボール箱を柩として飼い犬を横たわらせ、花を飾りました。仕事から帰ってきた夫がたじろいでいるうちに夕食を作って、食べてもらいました。子どもが会社から駆けつけてくることがわかっていたので、子どものお弁当も作りました。

 

カアサンノ テノナカデ イキヲヒキトッタノヨ

イイコダッタヨネ カワイイコダッタヨネ テハカカッタケド

 

翌日、かかりつけの獣医先生にかいつまんだ報告を電話でさせてもらったあと、柩のフタを閉めました。そして、市が委託しているペットの火葬場に連絡してから車を走らせました。

 

インターホンを押すと、すぐに慈悲深い声音の女性が「係りの者が参りますのでお待ちください」と返事をしてくださり、その言葉通りすぐに係の男性が迎えに出てきてくださいました。

 

ガラス張りの清潔そうな部屋に入ると、すぐに名前と住所、電話番号だけの簡単な書類に記入しました。「鳩くらいの小動物以上は、一律9000円です。」と言われ、1万円札を出すと、すぐに千円札を返してくれました。

 

それから次の扉まで誘導して下さり、その部屋には祭壇が用意されていました。お焼香もありました。そのお別れの場で、飼い犬の柩に手を置いて、冥福を祈りました。

 

昔、そこではない場所の火葬場に、猫を持って行ったことがありました。もう数十年前の話です。薄暗い鉄筋コンクリートの地下のようなところに、パチンコの両替所のような小さな窓口があり、そこが死亡した動物の引渡し場所でした。

 

事務員らしき女性が「金属など燃やせない物が入っていませんか」と詰問口調で言われていたことが鮮明に記憶に残っていました。その時と今回との落差の激しさは、時代の流れってことなのでしょう。

 

あれから10日経って、ようやく飼い犬の死に心が添えるようになりました。けれど動物病院の先生方に今までのお礼に伺おうと思っていたのですが、人前で取り乱してしまうかも知れないことが恐ろしすぎて、手紙を書いて送らせてもらうだけにしました。

 

またいつの日か、飼い犬の死が思い出になったときには、詳しく犬の介護について書いてみたいと思います。

 

シンデ ハナミガ サクモノ

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