いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

今年のいちご

何年か前から、週に1度、同じ時間に実家に行き、同じ時間に家に帰るという習慣を作りました。そうと決めてしまえば、子どもの頃からの親に対するさまざまな葛藤も迷いも少なくなり、機械的だった私の心もそれなりに人間的になってきました。

 

半年前まで、その訪問時には『おやつ』として菓子パンや洋菓子、和菓子、チョコレートと、その時々で少し美味しいものを持参していました。ある日、父が「お菓子類はもういらないから、もし、買ってきてくれるのなら果物にしてくれないか」と言いました。

 

確かに、父はお菓子にも好き嫌いがハッキリしていて、生クリームを使ったケーキやホイップクリーム入りのシュークリームが嫌いです。私が持っていくものの半分は、食べ残す感じでした。ですから、果物なら当たり外れがなくていいのかな……と思っていました。

 

最近、「買い物があれば、買っていくわ」と電話をする習慣を増やしました。店まで行くことも半日仕事らしいのですが、何を買いにお店に来たのか忘れてしまった話やお店でカードやお財布を落としたり忘れたりした話、荷物が重くて手首を痛めてしまった話などを耳にすると、買い物に付き合わない私自身に罪悪感が芽生えたからです。

 

そんな中、父から「いちごを買ってきてくれないか」と頼まれました。

 

その他に、牛乳、卵、りんご、ばなな、食パンなども買い物リストに入っていました。他のものはありましたが、いつも行くお店に、いちごはありませんでした。

 

「いちごはなかったのか」「うん、なかったわ」という会話をした1週間後、たまたま病院帰りに買い物があると言うので、父と一緒にお店に寄りました。病院の送迎と付き添いは、ここ何年か私の仕事になっていました。

 

お店に着くと、父は開口一番、「いちごはどこかな」と言いました。後から調べたのですが、この冬は暖冬でいちごは例年より早く市場に出回り、5月半ばで切り上げになったようです。もう、6月になろうとする季節です。デパ地下やお洒落なスーパーマーケットなら、きっと1年中、高級ないちごを販売しているのでしょう。けれども、安価を売りにしている小さなお店には季節を外れると存在しません。

 

「もう、いちごの季節ではないみたいね」と私は素っ気なく言いました。すると、少しの間があいて、「そうか」と父が呟きました。

 

もしかすると、父は来年のいちごの季節までは遠すぎるから、今年の最後にもう一度、いちごを食べてみたいと思ったのではないでしょうか。私はいつも迂闊なのです。軽はずみなのです。素っ気ない言葉を口にしてしまったことを後悔しました。

 

次に実家に行く時は、いちごを探して買って行くことを心に決めました。

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