いつかきっとがもう間近

ありのままの生活と夢の中

道具箱

今週のお題「100万円あったら」

100万円。できれば新札ではなくて、使い古したお札であってほしいです。白い帯のついた100万円の束なら、きっと着物の桐ダンスにでも隠して、そのうち忘れてしまうにきまっています。

 

パッパラパッパラと使いやすいように、それほど汚れてはいないけれど、厚みにすれば1.5倍になりそうな古札を惜しげもなく使わせてもらいます。

 

その使い道は、何十年も開いたことのない油絵の道具箱を捨てて、新しいものに買い替え、残りのお金は好きな絵を探しに行く旅行代金にあてるつもりです。

 

子どもの頃、外国の画家の逸話やアトリエが映った雑誌の写真などに興味がありました。そして、何故か私が憧れたものは、ある画家の道具箱でした。絵の具がグチャグチャになっていて、チューブから色がはみ出しているもの、フタがないもの、ほとんどペシャンコになっているものなど、衝撃的に乱雑な道具箱でした。

 

コレガ画家ナノネ。

 

それから私は油絵をはじめました。もちろん、道具箱はグチャグチャにするのがお約束です。見事に画家らしい道具箱になりました。でも、あるとき、年長者から言われました。

 

テイネイニ道具ヲアツカウヒトハ、ジョウタツスルガ……(キミノソレハ、ドンナモノダロウ)

 

それからも少しは描いていたような気がしますが、そのうちに封印しました。人の言葉に良くも悪くも左右されましたが、今でも捨てられずに押し入れの上の天袋に収まっています。道具箱を思い出すたび、後悔するのです。

 

後悔している点は、年長者の言葉を聞いて黙りこんでしまい、自分の思っていたことを一つとして伝えられなかったことです。言っちゃえば良かったのにな、私の画家はこうなのよ! と。けれど年長者でしかも男性というだけで、恐ろしくて言えなかった自分の若さにも呆れています。

 

それを忘れるために5万円くらいで新しい道具箱を買いなおして、残った95万円は自分の好きだと思う絵を探しにいく旅行代金にします。

 

新しい道具箱はきっと使うことはないでしょう。けれど、いつか記憶が薄くなって、なにげなく天袋の油絵具の道具箱を開いてしまった時、ピカピカの新しいものだと寂しい思いをしなくてすむかもしれません。もし、買い替えずに捨ててしまっていたならば、きっと捨てたことも忘れて、いつまでも探し回っているでしょうから。

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